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2013年10月18日

継続は力なり

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クオリティーフォトスクールに入校して早10年。
子供のころ自ら「やりたい!」と言ってやらせてもらった習い事は
飽きっぽい性格故にどれもあまり長くは続けられず途中でリタイア。
そんな私が10年も一つのことを継続出来るなんて…自分でも驚きです。
それがまさかカメラだとは。

私が入校したのとほぼ同時期に始まった桐蔭横浜大学生涯学習センターの
写真講座も同じく10年目を迎えました。
有難いことに開講当時からずっと継続して受講して下さっている方も
まだ数名いらっしゃいます。
10名に満たない人数でこぢんまりとスタートしたこの講座も、
今期はベテラン受講生さんを中心に新規受講生さんが多数加わり、
午前午後の2講座併せて30名越えの盛況ぶりです。
       
先日、写真講座の皆さんと野外授業で訪れた新宿御苑では
太陽の周りに虹色の輪っかがかかる日暈(ひがさ)を見ることがきました。
なんだかとても縁起が良さそうで、きっとこの先も写真講座は安泰だろうなぁ
と思わずにはいられませんでした。

私自身、10年の間に教わる側から教える側に立場が変わってきました。
とは言っても、まだまだ学ぶことはたくさんあります。
マイペースにのんびりと、良い意味でダラダラとカメラと付き合っていこうと
思っています。

2007年01月15日

きっかけ

私は富山で助産婦をやっていた。
よく人に、なんでわざわざ東京に?
助産婦で十分じゃない?大変そう・・
早く落ち着いたほうが・・って言われる。
なんでだろ??私がいちばん良くわからない。
やりたいって思ったからはじめただけ。
なりたいと思ったものが東京でできるから東京に行っただけ。
慎重に考えるのも大事だけど、私は自分がやりたいって思った
気持ちが一番大事だと思う。

2006年06月15日

始めの一歩

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私にとってカメラとは。。。?
そういえばそんなこと考えたことなかったかも。
ただ、空を見てるのが好きで夕日が好きで・・・
そのうち、「残しておきたい」と思うようになった。
今見ているこの空はいつも私を包んでくれているけど、
それはいつも違う表情だ。
その一瞬を残しておきたい!そう思ったから撮りたい!!って思った。
空を見上げると勇気づけられる。がんばろうって、なぜか思える。
たぶん、みんなも見ているであろう空・・・一人じゃないって思える。
そんな空を見上げるたびに私は心のシャッターを切っていた。
広くて心強い空のおかげで、私はカメラと出会えた。
私にとってカメラとは・・・心のシャッター。

2006年05月15日

失敗談

はじめまして。mayumiです
もうだいぶ前の話です。
私は父から借りたカメラをぶら下げ、初めての海外旅行に行きました。
小高い山に集落があります。山とは名ばかりの、ゴミの山です。
―フィリピン、スモーキーマウンテン―
言葉も通じない、見ず知らずの外国人にそこの子供たちは笑顔で迎えてくれました。

その子たちにカメラを向けると、彼らは満面の笑みで応じてくれ、ある子が
「ちょっとこれ見て!」(そんな雰囲気で)とバクテンをしてくれたのです!
シャッターチャンスの為にもう一回。
これは素敵な思い出ができたなと、大満足の私でした。
写真を載せてないですよね。そう。載せられないんです。
フィルムが巻かれていませんでした。空のシャッターを切っていたのです!
と、よくある写真の失敗談。
きっと撮れていても、大した写真ではなかったとは思いますが、
実物がないおかげで、いまでも私の中ではとっておきの作品です。

2006年04月23日

二眼レフ

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恋に落ちるのは一瞬だった。
惚れた理由を問われても、確かな答えはみつからない。
妖しく輝る(ひかる)肢体(ボディ)も、鼻を擽る(くすぐる)匂いも、私を獲えただ
けだから。 

掌にある現実は、脆く儚く姿を変える。
失くしたくない一瞬(とき)。
正方形(スクエア)な世界に魅せられてゆく。

2006年03月23日

きっかけは…

実家で飼いはじめた柴犬の愛犬ジョン君。
元気に走り回るジョン君を撮って、雑誌に投稿したら(←完全親バカ)、
まぐれで入賞しちゃったから、ちょっと調子に乗ってしまった(笑)
今、思えばこれが「もっと撮りたい」って思ったきっかけかもしれない。

<投稿した写真>
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2006年03月02日

子供のころの夢

私の子供のころカメラマンになりたかった。
きっかけは、ドラマ「池中玄太80キロ」を見て。
はっきりとは覚えてないけど写真を撮るのが楽しそうだしカッコ良かったから。
大人になって何か新しいことを始めたくなってふいにそのことを思い出した。
よし、カメラマンになろうって。
前は無理だろうな~ってあきらめてたけどほんとになれるなんて思わなかった!
子供のころの夢がかなうなんて幸せだなあ・・・ほんと、ゆめみたい!

2006年02月23日

視線

同じものを見て、同じようにカメラを向けても
人によってちょっとずつ違う写真になる。

写す人の視線の違いと言えばそれまでだが、
何に強く反応するか、という違いでもある。
何を表現したいか、という違いでもある。

次はどんな表現を考えようか。

2006年01月09日

新!! 主婦生活

2度寝が特技の主婦だった私はある日突然、未来の自分に一抹の不安を抱いた。
このままではマズイ・・・ なにか、何かしなくては私が消えてしまう・・・!!

そして私の新たな主婦生活が始まった。

慣れないカメラと重い荷物と格闘し、疲れて家路に帰り着く。
迎えるはわが夫。しっかりと手が抜かれた夕ご飯に愚痴をこぼすこともなく
今日のカメラ話を フン フン と聞く。
はじめは動き出した私を楽しげに見ていた夫だったが・・・・

日に日に山積みになっていく写真。
いまひとつ煮え切らない作品の数々に重いテンションの私。
いつからか、フン フンと聞いていただけの夫が、1日の終わりに
写真を片手に反省会を始め出した。
そこで時折、痛いほどの指摘を私に向ける。
・・・なんで!・・・くやしいけど、当たってる・・・!!

昨日の反省とカメラを抱え今日も家を出る。
ファインダーを覗くと、どこからか聞こえてくるあの声。
・・・いいんじゃない、よく撮れてるじゃん!・・・
今夜の反省会、聞けるだろうか。この言葉。

あの時は少しだけ変わりたかった。
でも、少しと少しが重なって結構大きく変わってきたかも。
・・・いいんじゃない・・・新たな主婦生活!!

夢はでっかく・・・

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今までは「辞められたらどんなにラクだろう・・・」って何度も思った。
けど、投げ出すわけにはいかなかった。来るべき日のために。。。
悔しくて声をあげて泣いたこともある。。
自分の実力のなさに歯を食いしばっていたあの頃の私。
・・・最近要求されるこが多くなってきた。
いっちょまえに不満を言いたくなるときもある。
けど、この仕事ができる幸せをいまはかみ締めたい!
だって、あの頃はまったく想像もつかないことだった。
それがいまは日常になりつつある。「無理だ!」って、みんなに言われた。
けど、「無理じゃないのかも」って自分の野望にささやかな自信を持った。
『夢はでっかく根は深く』すぐに叶う夢なんてあるはずない!今をがんばらなきゃ!!
「来るべき日」を目指して私は今日も少し前進する。。

海に惹かれて

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数年前、ダイビングにはまった。
雑誌で見た海の写真。
あの美しさをこの目で見ずにはいられなかった。

潜れば潜るほど出会う、見知らぬ景色。
その写真を撮りたいと思うのは自然なことだった。
使い捨てカメラから防水カメラ、そして一眼レフへと変わっていった。

あの頃水中で無我夢中にシャッターを押していた私は、
陸にあがって同じことをするなんて思ってはいなかった。

それでもこれが出会い。
写真の世界に踏み込んだのはこの時からかなと、たまに懐かしくなったりする。

きっかけ その1

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私はメモ魔である。

自分が忘却の天才であることに気が付いてから、
やるべきことのリストアップは元より、アイデア、感情…
何でも書き出すのが癖になっていた。

そして、記念撮影の鬼でもあった。

“写ルンです”を鞄に忍ばせ、何かと言えば
バシャバシャと撮っていた。

私にとって、写真とはメモであった。

きっかけ その2

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初めて写真に触れたのは、18のとき。

高校が合わず、ノイローゼになり、
街を彷徨っていたときに、わけも解らず入った事務所が
ピースボートだった。

3ヶ月程のち、それが国際交流団体であることが判明した。

船で地球をぐるぐる回る…。外国を巡る…。

私も総てのシガラミを捨て、ゼロになるために日本を出た。

せっかくなので、写真を撮ることにした。

“写ルンです”を50個買った。

きっかけ その3

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何の感動も、何の現実味もない、
箱の中の紙芝居が、あれから、リアリティーをもって
受け取れるようになった、と、テレビを見て思った。

海も空も色がある、
海水なのにベタベタしない、
夜、星が観える…

『生きているとイイコトもあるんだなぁ~。』
と思った。

写真を撮った。

でも、うまく撮れなかった。

『いつか、写真集みたいな写真を
撮れるようになりたいなぁ~。』

私の“やりたいことリスト”に
“写真の勉強”が加わった。

きっかけ その4

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船を降り、日本の日常に馴染むのに必死で、
“写真”のことはすっかり忘れた。

船の上で私は“弁護士になりたい”と思って、
大学の法学部へ進んだ。

だけど、大学生になったら“男”に夢中になって、
“弁護士になる夢”は何処かへ消えた。

“男”が原因で、家を出された。
勘当されたので、仕方なく一人暮らしを始めた。

夜、飲み屋で働いて、昼間、大学へ行った。

アパートだけど淋しいから“うさぎ”をこっそり飼った。
“うさぎ”が可愛くて可愛くて仕方がなくて、
鬼のように写真を撮った。

でも、やっぱり上手く撮れなかった。

きっかけ その5

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勉強は全くしなかったが、
縁が切れるのが怖くて、
殆ど毎年、願書だけは出した。

司法試験の願書には職業欄がある。
『アルバイトは無職の欄にチェックしてください』

私はそれが悔しかった。

“無職”とは何だ?
それじゃぁまるで“ニート”じゃないか?

大学院を修了するにあたり、
自分の身の振りかたを考えねばならなかった。

奨学金の返済もあり、仕事を本格的に
しなければならなかったが、月金のOLになれば
ますます勉強時間がとれなくなる。

アルバイトの生活パターンで“無職”じゃない職業は何だ?

私は色々考えた。。。

きっかけ その6

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…と、同時に何でもいいから
“手に職”をつけたかった。
自分に自信が欲しかった。
“職人”に憧れた。
“修業”というものがしてみたかった。

でも、目的は“願書に職業が書けること”である。

普通、職人は店に張り付いていなければならない。
“ながしの調理人”や“カリスマメークアップアーチスト”
にでもならなければ、フリーターのような自由はないだろう、
でも、私には時間がない。

2年くらい死ぬ気で修業しただけで、
食べていける職人的職業はないか?

ずっと、考えていた。。。

きっかけ その7

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あるとき、私は飲み屋にいた。

そして、いつものように記念写真を撮っていた。

酔っ払いが言った。『ねぇちゃんカメラマン?』

私はとっさに見栄をはった。
『そう、勉強中なの。。。』

嘘をついたら帳尻を合わせなければならない。

帰宅後、ネットで検索をかけた。
“写真学校”で引っかかった内、1番学費の安い所を探した。
“クオリティーフォトスクール”…見つけた。

講師の略歴を見た。…『福岡県出身』
私の祖父母は福岡の人間だ。
祖母はよく、私にこう言っていた。
『福岡の男に悪いもんはおらん。皆、おひとよし。』

『この学校にしよう!』

早速、私は電話をかけた。

気が付けば“フリーカメラマン”こそ、
私が探していた答えだった。。。